実力10〜15番目のチームが、なぜ甲子園を制したのか

2023年夏の甲子園。慶應義塾高校野球部が107年ぶりの優勝を果たした瞬間、「エンジョイベースボール」という言葉がメディアを席巻した。長髪可・自主性重視という異色のスタイルが注目されたが、指揮を執った森林貴彦監督が後に語ったある言葉の方が、組織論として深く刺さる。

「実力的には、大会参加チームの中で10から15番目ぐらいだったと思います。広陵高校とは、10回やったら1回勝てるかな、と思いながら試合をしていました」

それでも優勝できた。強豪・仙台育英との決勝では、慶應は4つのエラーを犯した。にもかかわらず勝利した。森林監督はこう振り返る。「4エラーした感はない試合でした。それが大事なことだと思います」

エラーをしても、チームが崩れなかった。ミスが出ても、次のプレーに切り替えられた。この「折れない組織」はどのように作られたのか。その答えが、森林監督の指導哲学の核心にある「成長至上主義」という考え方だ。

この記事のポイント

  • 「勝利(結果)」に焦点を当てすぎると、メンバーは受動的になり組織は長期的に弱体化する
  • 慶應高校野球部の「成長至上主義」は、個人とチームの成長にフォーカスすれば結果は後からついてくるという実証された考え方
  • この構造は「学習性無力感」「自己決定理論」「心理的安全性」など経営学・心理学の理論とも整合する
  • 中小企業のKPI偏重型マネジメントは同じ構造的問題を抱えており、評価制度の設計見直しが突破口になる

「成長至上主義」とは何か

実力10〜15番目のチームが、なぜ甲子園を制したのか

森林監督が繰り返し使う「成長至上主義」は、「勝利至上主義」への対義語として意図的に選ばれた言葉だ。

「勝利というのは結局、結果です。結果に焦点を当てているということになる。ではなくて、1人ひとりの成長、チームの成長、そういったところに一番フォーカスを当てる。積み上げていく。それが最終的にはチームの勝利にも繋がるんじゃないかという考え方です」

ここで言う「成長」とは、経済的な成長ではない。人格的な成長、技術的な成長、そして選手としての全面的な成長を指す。勝利という結果を目標に置くのではなく、成長というプロセスに価値を置く。この転換が、組織のあり方を根本から変える。

重要なのは、この考え方が「勝利を軽視する」ことを意味しないという点だ。「成長至上主義」は勝利を否定しない。むしろ、成長にフォーカスすることで結果としての勝利が引き寄せられるという、プロセスと結果の関係の再定義だ。

この発想は日本の高校野球に限った話ではない。全米のユーススポーツ指導に影響を与えた「ダブルゴールコーチング」という考え方も、「勝利」と「人間的成長」という2つのゴールを同時に追求する立場を取る。「勝利を捨てて成長だけを追う」のではなく、 勝利を追いかける「経路」そのものを変える という点で、森林監督の哲学と通じる。

実力的に格上の相手だった広陵高校戦で、慶應は初回から3塁盗塁を決めた。これは選手の自律的な判断だった。「足が速いだけでなく、決断力と観察力が監督を超えていた」と森林監督は語る。相手バッテリーの弱点をビデオで研究し、試合の流れを読み、ノーサインで仕掛けた。その判断が、強豪チームに揺さぶりをかけ、初回3点という流れを生んだ。

「指導者を超えていくような選手を育てなければいけない。俺を超えるなよという指導者はダメ。超えていってくれという指導者でないと」という言葉は、成長至上主義の本質を端的に表している。

経営学的にも「先祖返り」である成長至上主義

森林監督の言葉は、精神論にとどまらず経営学の源流とも符合する。経営学者ピーター・ドラッカーが著書『現代の経営』で提唱した目標管理は、原語では「Management by Objectives and Self-Control (目標と自己統制による経営)」だった。目標を「達成度で評価する道具」ではなく、本人が自ら目標に向けて考え、律する「自己統制の手段」として位置づけていたのだ。

日本企業の多くは、この「Self-Control(自己統制)」の部分を置き去りにしたまま「目標達成度=評価」という数値管理の仕組みだけを輸入してしまった。その結果、社員は評価を下げないために達成しやすい低い目標を掲げるようになり、制度は形骸化した。森林監督が語る「成長至上主義」は、いわば経営学が本来持っていた発想への先祖返りとも言える。

結果主義が組織を受動的にする構造

「成長至上主義」とは何か

野球の話をビジネスに置き換えると、多くの日本企業の現場と重なる部分が多い。

森林監督はこう指摘する。「いつの間にか、チームの言うことを聞かなきゃいけない、コーチの言う通りにしなきゃいけない、監督の言う通りにしなきゃいけない。義務ばかり増えて、やらなきゃいけないことばかりになって、いつの間にかやらされる野球になっていく」

この構造は、結果数値への過度な執着が生む「やらされる仕事」そのものだ。

月次の売上目標を達成することだけが評価される職場では、メンバーは「どうすれば数字が上がるか」ではなく「どうすれば怒られないか」を考え始める。上司の機嫌を読み、承認を取りにいく行動が増え、自ら考えて動くという力が失われていく。

森林監督の言葉を借りれば、「監督の指示通りに動くのが気持ちよくなってしまう」状態だ。「自分の指示通りに選手が動いて、忠実にプレーして、点数が取れて、勝てて、いい監督だ俺は、となる。だけど本当にそれをやりたいのか。最終的にそれがいいのか」

この問いは、そのまま経営者・管理職への問いになる。KPIを達成させることで満足していないか。部下が指示待ちになっていることに気づいていないか。

なぜ「結果」への集中が人を受動的にするのか

この現象は、心理学の研究とも整合する。心理学者マイヤーとセリグマンの研究によれば、人は自分でコントロールできない事象に意識を向けるほど、プレッシャーとストレスが高まるとされる。「結果」は本質的に未来の、自分では直接コントロールしきれない事象だ。結果ばかりに焦点を当てると「失敗したらどうしよう」という不安に意識が奪われ、やがて自ら考えることをやめ、指示を待つ方が安全だと学習してしまう。これは「学習性無力感」と呼ばれる心理メカニズムに近い。

一方、人が持続的に高いモチベーションを発揮するには、心理学者エドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱する「自己決定理論」によれば、 自律性(自分の意志で選び行動する感覚)・有能感(成長している実感)・関係性(周囲とつながっている安心感) の3要素が欠かせないとされる。森林監督が繰り返す「自分で決める」「自分たちで考える」という指導方針は、この3要素のうち特に自律性と有能感を意図的に育てる設計だと解釈できる。

「言われたことだけやる人材」は今の社会で通用しない

森林監督は、結果主義が生む受動的な人材を厳しく評価する。

「言われたことだけ忠実にやり、余計なことはしない。体育会系で挨拶・返事はできる、というのは50年前は求められたかもしれないが、今の日本社会では多くの企業に聞いてください。ノーです。いらないです」

そして続ける。「社会に出てもいらないという人材を、もしかすると大量生産していないか。そういう組織になっていないか。そういう生産システムになっていないか。本当に怖いと思ってやらないといけない」

これは中小企業の組織づくりにおいても深刻なテーマだ。マネージャーが細かく指示を出し、部下はその通りに動くだけの職場は、短期的には効率よく見えるが、イレギュラーな事態に対応できない。マネージャーが休んだだけで機能しなくなる。

「成長」にフォーカスすると何が変わるのか

結果主義が組織を受動的にする構造

成長至上主義に基づく指導では、「何のためにやるか」という目的意識が常に問われる。

森林監督はこう言う。「キャッチボールの時間にキャッチボールをしてはいけない。漫然と10分やるのではなく、その時間を使って自分なりの課題に取り組む。そういう意図を持った時間にしてほしい」

これは練習量や活動量ではなく、質と目的意識を問うものだ。「練習すればするだけいい、教えれば教えるだけいい、という時代ではない」とも語っている。

ビジネスへの転用は明快だ。

  • 会議時間を埋めることが目的になっていないか
  • 報告書を書くことが目的になっていないか
  • 研修を実施することが目的になっていないか

こうした「手段の目的化」は、成長至上主義の対極にある状態だ。「何のためにやるか」を問い続けることで、活動の質が変わる。

「3秒ルール」が示すメンタルマネジメントの要諦

仙台育英との決勝戦で4エラーを犯しながらも崩れなかった慶應には、「3秒ルール」があった。ミスをしたら3秒以内に立ち直る。暴投しようが、パスボールしようが、ホームランを打たれようが、3秒以内に気持ちを切り替える。本人が立ち直れなければ周りが助ける。

「エラーしたから負けたではなく、エラーしても勝つチームになろうということです」

この考え方は、結果至上型組織が持つ「ミスを極度に恐れる文化」への処方箋でもある。ミスを怒責するマネジメントは、挑戦を避け、安全な行動しか取れないメンバーを生む。成長至上型の組織では、ミスそのものより「そこから何を学んだか」が問われる。

心理的安全性という土台

「3秒ルール」が機能する背景には、ミスを咎められないという安心感がある。Googleが数百のチームを分析した「プロジェクト・アリストテレス」でも、成果を上げるチームに共通する最大の要因は個々の能力ではなく、 「このチームでは対人リスクを取っても安全だ」と思える心理的安全性 だと結論づけられている。ミスを申告しても人格を否定されない、挑戦した結果の失敗が学習として扱われる──この土台があるからこそ、メンバーは「言われたことだけやる」姿勢から抜け出し、自ら判断し行動できるようになる。

ビジネス組織への示唆──KPI偏重から「成長指標」へ

「成長」にフォーカスすると何が変わるのか

森林監督の哲学をビジネス組織に実装するとき、最も問い直すべきは評価制度だ。

KPIは結果指標だ。売上、契約件数、訪問数──これらはすべて「結果」を測る。結果指標だけで評価される職場では、プロセスが軽視され、学習が阻害され、長期的な成長が犠牲になる。

成長至上主義の考え方をOKR的な枠組みで言い換えると、こうなる。

視点 結果主義型(従来) 成長主義型(転換後)
評価軸 売上・KPI達成率 行動変容・スキル習得・貢献度
ミスへの対応 叱責・原因追及 学習機会として活用
指示スタイル 細かく指示・承認制 目的を共有し判断を委ねる
育成観 成果を出す人材を選ぶ 成果を出せる人材を育てる

中小企業で起きる典型的な逆転現象

MK2が人事制度設計の支援に入る中小企業でも、似た構造をたびたび目にする。売上目標の未達を厳しく問い詰めるマネジメントを続けた結果、営業担当が「達成できそうな目標」しか掲げなくなり、難易度の高い案件への挑戦が減っていくケースだ。表面的な達成率は改善しても、翌年以降の成長余地はむしろ縮小する。評価面談を「なぜ未達だったのか」の詰問の場から、「何を試し、何を学んだか」を確認する場に変えるだけで、営業担当が難易度の高い案件に自発的に手を挙げ始めた──という変化を見せる企業は少なくない。

中小企業の場合、大規模な制度改革は必要ない。まず着手すべきは、目標設定における「成長項目」の明示化だ。

「この半期でどのスキルを伸ばすか」「どんな失敗から何を学んだか」「チームのために何を試みたか」──こうした問いを1on1や評価面談の軸に組み込むだけで、組織のメッセージは変わる。

管理職の役割転換が鍵を握る

森林監督が語る「ティーチングからコーチングへ」の転換は、中小企業の管理職改革と重なる。

「指導者が手綱を引いて、さあどこかへ行くぞと連れていく感覚は私にはない。指導者の仕事はお手伝いです。手伝うのが仕事です」

部下に指示を出し、成果を管理することが管理職の役割だという認識は根強い。しかし成長至上主義においては、管理職の役割は「メンバーが自ら考え、行動できる環境を整えること」になる。

具体的には以下の転換だ。

  • 「こうしろ」という指示から、「なぜそうしようと思うか」を問う対話へ
  • 成果だけを見る評価から、プロセスと学習も評価する仕組みへ
  • 失敗を叱る文化から、失敗の原因と次のアクションを一緒に考える文化へ

これは管理職にとって、意識と行動の両面で大きな変化を要する。だからこそ、管理職自身の育成が組織変革の起点になる。

「成長」は指導者自身にも問われる

森林監督は講演の最後にこう語った。「選手や部下に成長してもらうのが仕事ですが、それだけですか。自分自身の成長も求めてください。この立場に来たから、もうこのままでいい、という意識だと、周りはどんどん成長していく。実は自分は相対的に後退していっているということです」

組織に成長文化を根付かせようとするリーダーが、自分自身の成長を止めているとしたら、それは最大の矛盾だ。

MK2(エムケーツー)では、評価制度の設計や管理職育成を通じて、「結果を求めながら人も育つ」組織づくりを人事・組織コンサルティングとして支援しています。「KPIは達成しているが組織が疲弊している」「マネージャーが育たない」といった課題をお持ちの経営者の方は、お問い合わせからご相談ください。

本記事で言及した理論・研究

  • P.F.ドラッカー『現代の経営』(The Practice of Management)── 目標管理(MBO)の原典。原語は「Management by Objectives and Self-Control」
  • Edward L. Deci & Richard M. Ryan「自己決定理論」(Self-Determination Theory)
  • Martin E.P. Seligman ほか「学習性無力感」研究
  • Google re:Work「プロジェクト・アリストテレス」(心理的安全性に関する組織研究)
  • Positive Coaching Alliance「ダブルゴールコーチング」

全5回シリーズについて

この記事は、慶應高校野球部・森林監督の講演(2026年7月27日、知多市勤労文化会館)をもとに、HR・組織マネジメントへの示唆を5回に分けて整理するシリーズの第1回です。

  • 第1回(本記事) : 勝利至上から"成長至上"へ──結果主義が組織を弱くする構造的理由
  • 第2回 : 「自分で考える力」を奪う組織──指示待ち人材はどこで生まれるか
  • 第3回 : ティーチングとコーチングの使い分け──管理職に求められる役割転換
  • 第4回 : 失敗を「いい経験」に変える文化──心理的安全性を制度で作る方法
  • 第5回 : 「共に育つ」組織論──リーダー自身の成長が文化を変える

WRITTEN BY

森川 太輔

エムケーツー株式会社 代表取締役

金融機関を経て、リクルートで15年間HR領域の営業に従事した後、ベンチャー企業の役員として事業運営を統括。延べ100社以上の採用・組織課題に携わった経験をもとにMK2を創業。