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企業向け | | 10分で読めます

勝利至上から"成長至上"へ──結果主義が組織を弱くする構造的理由

勝利至上から"成長至上"へ──結果主義が組織を弱くする構造的理由

実力10〜15番目のチームが、なぜ甲子園を制したのか

2023年夏の甲子園。慶應義塾高校野球部が107年ぶりの優勝を果たした瞬間、「エンジョイベースボール」という言葉がメディアを席巻した。長髪可・自主性重視という異色のスタイルが注目されたが、指揮を執った森林貴彦監督が後に語ったある言葉の方が、組織論として深く刺さる。

「実力的には、大会参加チームの中で10から15番目ぐらいだったと思います。広陵高校とは、10回やったら1回勝てるかな、と思いながら試合をしていました」

それでも優勝できた。強豪・仙台育英との決勝では、慶應は4つのエラーを犯した。にもかかわらず勝利した。森林監督はこう振り返る。「4エラーした感はない試合でした。それが大事なことだと思います」

エラーをしても、チームが崩れなかった。ミスが出ても、次のプレーに切り替えられた。この「折れない組織」はどのように作られたのか。その答えが、森林監督の指導哲学の核心にある「成長至上主義」という考え方だ。

この記事のポイント

  • 「勝利(結果)」に焦点を当てすぎると、メンバーは受動的になり組織は長期的に弱体化する
  • 慶應高校野球部の「成長至上主義」は、個人とチームの成長にフォーカスすれば結果は後からついてくるという実証された考え方
  • 中小企業のKPI偏重型マネジメントは同じ構造的問題を抱えており、評価制度の設計見直しが突破口になる

「成長至上主義」とは何か

実力10〜15番目のチームが、なぜ甲子園を制したのか

森林監督が繰り返し使う「成長至上主義」は、「勝利至上主義」への対義語として意図的に選ばれた言葉だ。

「勝利というのは結局、結果です。結果に焦点を当てているということになる。ではなくて、1人ひとりの成長、チームの成長、そういったところに一番フォーカスを当てる。積み上げていく。それが最終的にはチームの勝利にも繋がるんじゃないかという考え方です」

ここで言う「成長」とは、経済的な成長ではない。人格的な成長、技術的な成長、そして選手としての全面的な成長を指す。勝利という結果を目標に置くのではなく、成長というプロセスに価値を置く。この転換が、組織のあり方を根本から変える。

重要なのは、この考え方が「勝利を軽視する」ことを意味しないという点だ。「成長至上主義」は勝利を否定しない。むしろ、成長にフォーカスすることで結果としての勝利が引き寄せられるという、プロセスと結果の関係の再定義だ。

実力的に格上の相手だった広陵高校戦で、慶應は初回から3塁盗塁を決めた。これは選手の自律的な判断だった。「足が速いだけでなく、決断力と観察力が監督を超えていた」と森林監督は語る。相手バッテリーの弱点をビデオで研究し、試合の流れを読み、ノーサインで仕掛けた。その判断が、強豪チームに揺さぶりをかけ、初回3点という流れを生んだ。

「指導者を超えていくような選手を育てなければいけない。俺を超えるなよという指導者はダメ。超えていってくれという指導者でないと」という言葉は、成長至上主義の本質を端的に表している。

結果主義が組織を受動的にする構造

「成長至上主義」とは何か

野球の話をビジネスに置き換えると、多くの日本企業の現場と重なる部分が多い。

森林監督はこう指摘する。「いつの間にか、チームの言うことを聞かなきゃいけない、コーチの言う通りにしなきゃいけない、監督の言う通りにしなきゃいけない。義務ばかり増えて、やらなきゃいけないことばかりになって、いつの間にかやらされる野球になっていく」

この構造は、結果数値への過度な執着が生む「やらされる仕事」そのものだ。

月次の売上目標を達成することだけが評価される職場では、メンバーは「どうすれば数字が上がるか」ではなく「どうすれば怒られないか」を考え始める。上司の機嫌を読み、承認を取りにいく行動が増え、自ら考えて動くという力が失われていく。

森林監督の言葉を借りれば、「監督の指示通りに動くのが気持ちよくなってしまう」状態だ。「自分の指示通りに選手が動いて、忠実にプレーして、点数が取れて、勝てて、いい監督だ俺は、となる。だけど本当にそれをやりたいのか。最終的にそれがいいのか」

この問いは、そのまま経営者・管理職への問いになる。KPIを達成させることで満足していないか。部下が指示待ちになっていることに気づいていないか。

「言われたことだけやる人材」は今の社会で通用しない

森林監督は、結果主義が生む受動的な人材を厳しく評価する。

「言われたことだけ忠実にやり、余計なことはしない。体育会系で挨拶・返事はできる、というのは50年前は求められたかもしれないが、今の日本社会では多くの企業に聞いてください。ノーです。いらないです」

そして続ける。「社会に出てもいらないという人材を、もしかすると大量生産していないか。そういう組織になっていないか。そういう生産システムになっていないか。本当に怖いと思ってやらないといけない」

これは中小企業の組織づくりにおいても深刻なテーマだ。マネージャーが細かく指示を出し、部下はその通りに動くだけの職場は、短期的には効率よく見えるが、イレギュラーな事態に対応できない。マネージャーが休んだだけで機能しなくなる。

「成長」にフォーカスすると何が変わるのか

結果主義が組織を受動的にする構造

成長至上主義に基づく指導では、「何のためにやるか」という目的意識が常に問われる。

森林監督はこう言う。「キャッチボールの時間にキャッチボールをしてはいけない。漫然と10分やるのではなく、その時間を使って自分なりの課題に取り組む。そういう意図を持った時間にしてほしい」

これは練習量や活動量ではなく、質と目的意識を問うものだ。「練習すればするだけいい、教えれば教えるだけいい、という時代ではない」とも語っている。

ビジネスへの転用は明快だ。

  • 会議時間を埋めることが目的になっていないか
  • 報告書を書くことが目的になっていないか
  • 研修を実施することが目的になっていないか

こうした「手段の目的化」は、成長至上主義の対極にある状態だ。「何のためにやるか」を問い続けることで、活動の質が変わる。

「3秒ルール」が示すメンタルマネジメントの要諦

仙台育英との決勝戦で4エラーを犯しながらも崩れなかった慶應には、「3秒ルール」があった。ミスをしたら3秒以内に立ち直る。暴投しようが、パスボールしようが、ホームランを打たれようが、3秒以内に気持ちを切り替える。本人が立ち直れなければ周りが助ける。

「エラーしたから負けたではなく、エラーしても勝つチームになろうということです」

この考え方は、結果至上型組織が持つ「ミスを極度に恐れる文化」への処方箋でもある。ミスを怒責するマネジメントは、挑戦を避け、安全な行動しか取れないメンバーを生む。成長至上型の組織では、ミスそのものより「そこから何を学んだか」が問われる。

ビジネス組織への示唆──KPI偏重から「成長指標」へ

「成長」にフォーカスすると何が変わるのか

森林監督の哲学をビジネス組織に実装するとき、最も問い直すべきは評価制度だ。

KPIは結果指標だ。売上、契約件数、訪問数──これらはすべて「結果」を測る。結果指標だけで評価される職場では、プロセスが軽視され、学習が阻害され、長期的な成長が犠牲になる。

成長至上主義の考え方をOKR的な枠組みで言い換えると、こうなる。

視点 結果主義型(従来) 成長主義型(転換後)
評価軸 売上・KPI達成率 行動変容・スキル習得・貢献度
ミスへの対応 叱責・原因追及 学習機会として活用
指示スタイル 細かく指示・承認制 目的を共有し判断を委ねる
育成観 成果を出す人材を選ぶ 成果を出せる人材を育てる

中小企業の場合、大規模な制度改革は必要ない。まず着手すべきは、目標設定における「成長項目」の明示化だ。

「この半期でどのスキルを伸ばすか」「どんな失敗から何を学んだか」「チームのために何を試みたか」──こうした問いを1on1や評価面談の軸に組み込むだけで、組織のメッセージは変わる。

管理職の役割転換が鍵を握る

森林監督が語る「ティーチングからコーチングへ」の転換は、中小企業の管理職改革と重なる。

「指導者が手綱を引いて、さあどこかへ行くぞと連れていく感覚は私にはない。指導者の仕事はお手伝いです。手伝うのが仕事です」

部下に指示を出し、成果を管理することが管理職の役割だという認識は根強い。しかし成長至上主義においては、管理職の役割は「メンバーが自ら考え、行動できる環境を整えること」になる。

具体的には以下の転換だ。

  • 「こうしろ」という指示から、「なぜそうしようと思うか」を問う対話へ
  • 成果だけを見る評価から、プロセスと学習も評価する仕組みへ
  • 失敗を叱る文化から、失敗の原因と次のアクションを一緒に考える文化へ

これは管理職にとって、意識と行動の両面で大きな変化を要する。だからこそ、管理職自身の育成が組織変革の起点になる。

「成長」は指導者自身にも問われる

森林監督は講演の最後にこう語った。「選手や部下に成長してもらうのが仕事ですが、それだけですか。自分自身の成長も求めてください。この立場に来たから、もうこのままでいい、という意識だと、周りはどんどん成長していく。実は自分は相対的に後退していっているということです」

組織に成長文化を根付かせようとするリーダーが、自分自身の成長を止めているとしたら、それは最大の矛盾だ。

MK2(エムケーツー)では、評価制度の設計や管理職育成を通じて、「結果を求めながら人も育つ」組織づくりを人事・組織コンサルティングとして支援しています。「KPIは達成しているが組織が疲弊している」「マネージャーが育たない」といった課題をお持ちの経営者の方は、お問い合わせからご相談ください。


全5回シリーズについて

この記事は、慶應高校野球部・森林監督の講演(2026年7月27日、知多市勤労文化会館)をもとに、HR・組織マネジメントへの示唆を5回に分けて整理するシリーズの第1回です。

  • 第1回(本記事) : 勝利至上から"成長至上"へ──結果主義が組織を弱くする構造的理由
  • 第2回 : 「自分で考える力」を奪う組織──指示待ち人材はどこで生まれるか
  • 第3回 : ティーチングとコーチングの使い分け──管理職に求められる役割転換
  • 第4回 : 失敗を「いい経験」に変える文化──心理的安全性を制度で作る方法
  • 第5回 : 「共に育つ」組織論──リーダー自身の成長が文化を変える

WRITTEN BY

森川 太輔

エムケーツー株式会社 代表取締役

金融機関を経て、リクルートで15年間HR領域の営業に従事した後、ベンチャー企業の役員として事業運営を統括。延べ100社以上の採用・組織課題に携わった経験をもとにMK2を創業。

この記事の内容について
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