はじめに
あなたのチームの日常業務を、少し立ち止まって思い返してほしい。
毎週繰り返す定例会議、毎日提出される日報、四半期ごとのPDCA。それらは「何のため」に存在しているか、メンバー全員が明確に答えられるだろうか。
「なんとなく昔からやっているから」「ルーティンだから」。そういった答えが頭をよぎるなら、それはすでに問題の入り口に立っている。作業量をこなしているにもかかわらず成果が伸びない組織に共通しているのは、活動の「量」は確保されていても「意図」が失われているという構造だ。
今回参照するのは、2023年夏の甲子園で107年ぶりの優勝を果たした慶應高校野球部の森林監督による講演だ。スポーツの現場から出発した言葉が、ビジネスの組織論と驚くほど正確に重なる。
この記事のポイント
- 「なんとなくこなす」作業と「意図を持った行動」の間には、生産性に決定的な差が生まれる
- 練習の価値は「質×量」で決まる。量だけ追っても成果には結びつかない
- 「試合は答え合わせ」という発想が、準備文化と当事者意識を組織に定着させる
「キャッチボールの時間にキャッチボールをしてはいけない」

森林監督は講演でこう語った。
「キャッチボール10分って言われて、選手がなんとなく10分やるんだったら、それはいらない」
そして続けた。
「じゃあ何かっていうと、そのキャッチボールの時間を使って、自分なりの課題を考える。カットプレーがうまくいかなかったから入れようとか、スローイングがうまくいかなかったらそれをやろうとか、いつも球が浮くから今日は膝のあたりを狙ってみようとか。その10分は色々使えるわけですよ。そういう意図を持った時間にしてほしい」
この言葉の核心は、「時間を費やすこと」と「目的を持って時間を使うこと」は根本的に別物だ、という認識だ。
ビジネスに置き換えれば、こうなる。毎週1時間の定例会議を開いていても、その場で何を決定し、誰が何をするかが曖昧なまま終わるなら、それは「会議をした」という事実があるだけで、組織に何も積み上がっていない。時間というリソースを消費したに過ぎない。
「なんとなく三振」も「なんとなく打てた」もダメ
森林監督は、意図の重要性をもう一つの角度からも語っている。
「なんとなく三振じゃなくて、逆になんとなく打てたじゃダメなんです。そうすると次もギャンブルになっちゃう。打てました、じゃなくて、ほぼこういう準備をしたら打てましたとか、こういう球が来たら打てましたとか。そういうことを積み重ねていかなきゃいけない」
この指摘は鋭い。偶然の成功は再現できない。再現性を持つ成果をつくるためには、「なぜうまくいったのか」を意識的に把握する必要がある。
組織でも同じことが起きている。今期の売上目標を達成した。だが、どの施策が効いたのか、なぜ効いたのかを分析しないまま次の期に進むと、翌期も同じ結果を出せる保証はない。「たまたまうまくいった」を繰り返すだけでは、組織としての学習は起きない。
「質×量」の公式が変える職場の風景

森林監督は練習の価値についてシンプルな公式を示した。
「練習の価値は、質かける量。その中で質というのは、集中力とか目的意識。その辺が貢献されるのかなと思います」
量だけを追う働き方の問題は、多くの組織ですでに議論されてきた。残業時間を削減してもアウトプットが下がらない職場がある一方で、長時間働いても成果が出ない職場もある。その差を生み出す要因の一つが、仕事の「質」、つまり1単位の時間に込められた目的意識の濃度だ。
「量」に逃げる組織の罠
仕事の「量」は可視化しやすい。何時間働いたか、何件対応したか、何ページ資料を作ったか。これらは数字で示せるため、評価の対象になりやすい。
一方、「質」は測りにくい。「1時間で何を達成したか」「この打ち合わせで何が前進したか」を問い続けることは、管理者にも構成員にも負荷がかかる。
その結果、量で仕事をこなしたように見せることが組織文化として定着してしまうケースがある。報告書は毎週提出されているが、読まれていない。会議は毎週開かれているが、決まることがない。研修は年に数回実施されているが、現場に変化がない。どれも「量」の数字は満たしているが、「質」が失われている状態だ。
意図を持った時間に変えるための問いかけ
「なんとなくの作業」を「意図ある行動」に変えるには、活動の前後に問いを立てる習慣が必要だ。
- この会議が終わった時、何が決まっていれば成功か
- この日報は誰に何を伝えるためのものか
- この面談を通じて、何を相手に持ち帰らせたいか
これらの問いは難しくない。だが、多忙を理由に省略されやすい。「とりあえず始める」「終わったことにする」がルーティン化したとき、組織全体が「なんとなくキャッチボール」を続けている状態に陥る。
「試合は答え合わせ」という準備思想

講演の中で、森林監督の哲学を最も端的に表した言葉の一つがこれだ。
「今日朝起きて、よし今日頑張ろうって気合を入れたところで、ほぼ勝負はついていて、このプレゼンの内容はそれまでに出来上がってる。大事なのは当日じゃなくて、そこまでの準備なんです、って話を選手に言ってます。だから試合の甲子園の日に、よし今日頑張ろうとか、遅いんです。その日はもう答え合わせだから」
これは「当日の頑張り」への依存を戒める考え方だ。試合当日に最大限の力を発揮しようとすることは自然に思えるが、それは準備の不足を努力で補おうとする行為でもある。力を入れるべきはその日ではなく、前日までの積み重ねだ、という発想の転換がここにある。
甲子園決勝の前日に何をしたか
この準備思想が最も鮮烈に示されたエピソードが、2023年の甲子園決勝前夜だ。
対戦相手は仙台育英。その湯田投手は、スライダーが決め球だった。森林監督はミーティングで全選手に方針を共有した。「初球からスライダーが来る。スライダーを狙いましょう。ただ全員スライダーだとバレるので、ストレートが強いバッターはストレート狙いで」と。
さらに遡ると、準々決勝の前日は台風が直撃し、グラウンドでの練習は不可能だった。このとき森林監督がとった行動が、準備文化の本質を示している。ホテルに設けたスペースにスクリーンを立て、広陵高校の高尾投手のセンターカメラやバックネット裏からの映像を流しながら、選手たちがそれに合わせてティー打撃を行った。
「とにかくできる準備はやった。もうやることはやってきたぞと思って、その舞台に立てるか、ということです」
当日の気力ではなく、前日までの準備の密度が、勝負を分ける。この思想は組織運営にそのまま移植できる。
ビジネスにおける「試合当日依存」の問題
営業担当が商談の直前に提案内容を急いでまとめる。管理職が面談当日に初めてメンバーの状況を確認する。会議の直前に資料を送付し、参加者が議題を把握できないまま議論が始まる。
これらはいずれも「当日頑張る」文化の産物だ。個人の能力が高い場合は当日の対応でカバーできることもあるが、それは組織の再現性ある実力とは言えない。
準備に重心を移すとは、「当日に向けて蓄積してきたものを確認する場」として本番を位置づけることだ。
データと感性の両立──サイエンスとアートの組み合わせ

森林監督は現代の指導者像について、もう一つ重要な視点を示した。
「相手校の分析、すごく頑張ります、うちは。だけど、立ってみて、いや、スライダー狙おうと言ったけど、このスライダー狙っても打てないなと思ったら、すぐ狙いを変えるとか。そういう感覚、感性も育てていかなきゃいけないし、データ以上に感性が大事だよ、っていう話もしています」
そしてこう整理した。「アートとサイエンスの両立。目の前の選手に、チャンスで代打で送る選手に一言どんな声をかけるか。どこ探したって、AIに聞いたって、答えはない。もうその瞬間、そこしかない。それはもうアートです」
組織マネジメントにおける「サイエンスとアート」
データドリブンな意思決定は、現代の経営において欠かせない基盤だ。採用候補者のスキルを数値で評価し、施策の効果をKPIで追い、人員配置の最適化を分析で探る。これはサイエンスの領域だ。
だが、マネジメントの現場では、データが指し示さない判断を迫られる場面が日常的にある。成果が出ていない若手メンバーに今期どう関わるか。疲弊しているチームに何を言葉として渡すか。新規事業の撤退判断を、損益表が赤字を示す前のどの時点で行うか。
これらはアートの領域だ。経験、洞察力、人への理解から来る判断であり、数値で答えが出るものではない。
優れた組織は、データを無視しない。しかし同時に、データだけで動かない。この両立が、組織の生産性と人材育成の質を長期的に引き上げる。
日常業務に「意図」を取り戻す実践
会議の目的再設計
定例会議に「なんとなく」集まっている状態を変えるための最初のステップは、会議の「終了定義」を事前に設定することだ。
この会議が終わった時点で何が決まっていれば成功か、を明示してから始める。決まったこと・決まらなかったこと・次のアクションを3分でまとめて締める。この小さな構造変更だけで、会議の「質」は変わりはじめる。
日報・報告の目的再設計
毎日提出される日報が「こなす作業」になっている組織は多い。日報の読み手は誰で、何を判断するためにそれを読むのかが不明確なまま、書く側も義務として書き、受け取る側も確認したことの記録として保存する。
日報や週次報告を「意図ある情報共有」に変えるには、書き手が「この情報を誰が何に使うか」を意識できる設計が必要だ。管理者の側からは「あなたのこの報告がどう使われているか」を定期的に伝え返すことが、書き手の目的意識を維持する。
1on1の目的再設計
上司と部下が週1回30分面談をしている。しかし内容は毎回似たような進捗確認で終わり、メンバーの成長課題や将来の不安には触れない。こうした1on1は「キャッチボールの時間にキャッチボールをしている」状態だ。
面談の前に「この30分で何を話し終えたいか」を一言でも共有してから始めることで、時間の使い方は変わる。メンバー側が事前に考えを整理してくる場になれば、それ自体がメンバーの思考力を鍛える機会になる。
準備文化を醸成するためのリーダーの役割
組織に「準備で勝負する」文化を根付かせるのは、個人の意識改革では限界がある。リーダーの行動が、チームの準備習慣を決定づける。
森林監督は仙台育英との決勝戦に向けて、全選手に事前の分析を共有した。「スライダーを狙う」という戦略を個人の判断に委ねるのではなく、チームとして共通認識を持った上で試合に臨んだ。これが「組織の準備」だ。
ビジネス組織でも、重要な商談や発表の前に、リーダーが「今日の場で何を達成するか」を言語化してチームと共有する文化があるかどうかが、準備の質を左右する。
「当日頑張ろう」ではなく「準備はここまでやってきた。あとは確認するだけ」という状態でチームが本番に臨める組織は、精神的な余裕が違う。その余裕が判断の質を上げ、想定外への対応力を高める。
まとめ
「キャッチボールの時間にキャッチボールをしてはいけない」という言葉は、一見逆説的に聞こえるが、その意味は明快だ。与えられた時間をただ費やすことと、意図を持って使うことは、同じ時間でも生み出すものが根本的に異なる、ということだ。
「なんとなく三振」も「なんとなく打てた」も、どちらも組織の学習には貢献しない。意図を持ち、準備し、結果から学ぶというサイクルが機能してはじめて、個人とチームは着実に前進する。
そして「試合は答え合わせ」という発想は、当日の頑張りへの依存から組織を解放する。大切なのは、本番に向けて何をどこまで積み上げてきたかだ。
会議、日報、1on1、プロジェクトの準備。どれも「なんとなく」になりうる。組織のリーダーが「何のためにやるか」を問い続け、その問いをメンバーと共有し続けることが、生産性の基盤をつくる。
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本記事は、成長と自律をテーマにした全5回シリーズの第4回です。
- 第1回:自ら考える組織をつくる──「教えすぎ」が人材育成を阻む理由
- 第2回:「任せる」と「放任」はどこが違うか──信頼と権限委譲の実践論
- 第3回:失敗を資産に変える組織文化──レジリエンスと学習する組織の設計
- 第4回:「何のためにやるか」を問い続ける組織──目的意識が生産性を変える(本記事)
- 第5回:自律する人材が育つ組織の条件──コーチング型リーダーシップの実践(近日公開)
